Thursday, August 15, 2013

ご先祖様に感謝を捧げましょう

私は、このニュースレターの記事を8月15日トロント会館の火災報知器の検査の最中に書いております。このようなメンテナンスによって、私達は火事やその他の問題の心配なく使うことが出来ます。
生長の家の行事を開催するには、自分達の道場を持っているといいですね。カナダでは、これまでの先達の皆様のお陰でトロントとバンクーバーと二箇所に会館があります。5月25日にはバンクーバー会館で39周年記念式典が催され、8月25日にはトロントでは、新しい会館の15周年記念が行われます。生長の家では、このような会館は「いのちのゆには」と呼ばれています。「いのちのゆにはの神示」には次のように書かれています:

(いの)(ちの)道場(ゆには)とは(まこと)(あら)(きよ)めの(にわ)である。『(まこと)』とは『生命(せいめい)(まことの)(すがた)』のことである。(きよ)めるとは(まよ)いを(のぞ)くことである。(ひと)(かみ)()であるから、その実相(じっそう)(あら)わせば(やまい)なく、(なや)みなく、()なく、一切(いっさい)不幸(ふこう)()い。(略)
                       (昭和7年3月14日神示)

ですから、すべての迷いを取り除くことが大切になってきます。8月15日は、日本では各地で盂蘭盆供養が行われます。この盂蘭盆供養は、目連(もくれん)尊者、または目犍連(もっけんれん)と彼のお母さんの話に基づいています。目連は釈迦の十大弟子の一人として知られています。ある日目連が瞑想中に亡くなったお母さんが地獄で苦しんでいるのを見たのでした。
彼は地獄にいるお母さんを訪ねることにしました。お母さんが何も食べられませんでしたので、彼はお母さんに食べ物をあげようとするのです。しかし、お母さんが食べようとすると食べ物がすべて炎に変わってしまったのでした。そこで、目連は教えを請うために釈迦を訪ねました。そうすると釈迦は、衆僧(多くの僧侶)に食べ物を供養するよう教えました。目連が衆僧にお供えをしたとたんに、目連のお母さんが救われたのでした。そして、目連はお母さんが救われたことを大いに喜んで踊ったことから盆踊りが始まったとも言われています。
この話によって、食物をお供えして先祖供養をすることが大切であることが分かります。谷口雅春先生は、供物の大切さについて次のように書かれています。まず谷口雅春先生は、神道での供物は、神様への感謝を捧げる意義があると書かれています。そして、仏教の場合について次のように書かれています。

仏教ではそのような霊を(とむら)うために盂蘭盆会(うらぼんえ)などに施餓鬼(せがき)と称して食物を供えてから経文を読むのはそのためである。ただし霊が実際に食するものは現実の物質的食物ではない、霊界は念の世界であり、念を食物として生きているのであり、物質の供物の大小、多寡(たか)によるのではなく、供える人の念が霊界に放送され、あの人にあげたいという即ち愛念が原動力となり放送されて霊界に念で作られたお供え物となって出来上る。
(『人生を支配する先祖供養』21ページ)



盂蘭盆のもともとの意味についてWikipedia では次のように書かれています:

盂蘭盆は、サンスクリット語の「ウランバナ」の音写語で、古くは「烏藍婆拏」「烏藍婆那」と音写された[1]。「ウランバナ」は「ウド、ランブ」(ud-lamb)の意味があると言われ、これは倒懸(さかさにかかる)という意味である。

倒懸(さかさにかかる)とはどういうことでしょうか?最初私は、目連のお母さんが地獄で逆さまに吊られたと思っていたのですが、倒懸(さかさにかかる)の本当の意味を考えていたら、「迷い」という言葉が浮かんできました。多くの皆さんがご存知のように、『聖経 甘露の法雨』では、「無明(まよい)」について次のように書かれています。

無明(まよい)はあらざるものをありと想像(そうぞう)するが(ゆえ)無明(まよい)なり。
                       (『聖経 甘露の法雨』48ページ)

では、どのようにすれば、全ての無明(迷い)(倒懸(さかさにかかる)状態)を取り去ることが出来るのでしょうか? 私がこの文章の最初に引用したように「真理」を知ることが大切です。そして「真理」は「いのちのゆには」である会館で学ぶことができます。
ところで、生長の家では、京都府宇治市において毎年8月17日~19日にかけて宝蔵神社盂蘭盆供養大祭が行われます。盂蘭盆供養大祭では、本祭の他、全国流産児無縁霊供養塔供養大祭等が、総裁谷口雅宣先生ご奉祀、白鳩会総裁谷口純子先生ご臨席のもとに行われます。また、昨年からは8月16日に自然災害物故者追悼慰霊祭が執り行われるようになりました。
トロント教区とバンクーバー地区の皆さんには6月末にお知らせしましたが、皆さんはすでに宇治の盂蘭盆大祭での霊牌供養の申し込みをされておられることと思います。これらの申し込み用紙はすでに日本の宇治別格本山に送られ霊牌が用意され大祭中に招霊され聖経読誦が行われます。
宇治別格本山では、生長の家の祭員が先祖に対して、翌年の盂蘭盆供養大祭に於いて焼納されるまでの一年間で述べ約15万人によって約4,000回の聖経読誦がなされます。ですから、宇治別格本山において霊牌供養された御霊たちは、霊的な恵みとして、霊的なお供物または真理を受け取ります。ですから先祖供養をすることによって、ご先祖に対して感謝を捧げましょう。ありがとうございます。

2013年8月15

生長の家トロント教区教化部長
         カナダ国駐在本部講師
           高 義晴
日本語ブログ:  http://yoshiharutaka2.blogspot.ca/

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