Thursday, June 20, 2013

真理を生活に実践することの大切さ.

私は、今この記事を6月17日のトロントからバンクーバーに向かう飛行機の中で書いています。トロント発午後5時の飛行機に搭乗予定でしたが、その日の午前中のトロント会館でのエアコンのメンテナンスの人とアポイントメントが予想以上に時間がかかり、さらに出発の45分前にチェックインが出来なかったので、結局6時の飛行機に搭乗しました。トロントとバンクーバー間で一時間おきに飛行機が飛んでいたことに感謝しました。現象生活は時に予定外のことが起きますが、このことを通して物事の光明面をみる機会を頂き感謝しております。
6月17日といえば、谷口雅春大師が28年前のこの日にお亡くなりになられました。日本では生長の家の長崎総本山始め各地で谷口雅春大聖師の28年祭が執り行われました。カナダのトロントとバンクーバーでは1日早い6月16日の日曜日に執り行われました。トロントでは10名の参加者があり、バンクーバーでは約25名の参加者があったと聞いております。私はトロントで年祭の先導と講話を行なう予定でしたので、バンクーバーのみなさん宛には前日の6月15日にトロント会館でビデオメッセージを収録し上映していただきました。このビデオメッセージは私のYoutube Channel でご覧いただけます。http://www.youtube.com/user/alohamahaloyoshi
そのビデオメッセージの中で私は、谷口雅春先生が谷口清超先生にお会いになられたときに、戦争に行ったかどうか聞かれ、行かれなかったと清超先生が言われたところ、雅春先生が「人を殺さなくて良かった」と言われことを紹介させて頂きました。また昭和60年5月の最後の講話でも「殺す勿れ」の最高道徳に導いて欲しいと説かれたことを紹介致しました。
さて、6月15日(土)トロント教区で15年以上ぶりに日本語による一日見真会が開催され10名の参加者がありました。また、トロントでは5月にも英語の見真会が開催され7名の参加者(うち2名が初参加者)があり、今年になって2回目の見真会が開催されたことになります。8月には2回目の日本語の見真会が予定されております。また、今月6月22日には、バンクーバーにおいても日本語の一日見真会が開催されます。このバンクーバーでの見真会は、朝7時の早朝行事から午後5時まで充実した内容の行事が組まれています。これからもできる限り見真会が開催したいと思っております。
もちろん、日曜日のサンデーサービスをはじめとする行事では、できるだけ新人に配慮した形で開催した方がよいと思いますが、土曜日などの他の日にはもっと深く生長の家の御教え学びたい人のために見真会等の行事が多く開催できれはよいと思っております。なぜなら、生長の家の会館は単なる会館ではなく、「いのちのゆには」と呼ばれ、神の子の実相を現し出す大切な場だからです。ですから、生長の家の会館で見真会や練成会が開催してともに真理を学び実践することが本来の「いのちのゆには」の目的を満たすこととなります。
また、見真会や練成会では、みなさんと一緒に食事をして、そのあと一緒に食器を洗います。これが、また素晴らしいのです。練成会では、講師、参加者問わずに一緒になって、感謝行や、祈り合いの神想観、浄心行などの「宗教行」を行います。こうしてみ教えを一緒に行じる中で、一人ではなかなか悟れなかったことが、分かるようになってきます。
生長の家では、現在、地球環境問題に取り組んでおりますが、これも人間神の子の真理を知った私たちの生活実践に他ならないのです。総裁谷口雅宣先生は、『今こそ自然から学ぼう』の中で、ある信徒のT氏からもらったemailを紹介されながら、T氏が環境問題についての話よりももっと真理の話をして欲しいと要望されたことに対して、谷口雅春先生のご文章を引用されながら次のように書いておられます。

T氏はメールの中で、環境問題や遺伝子問題のことを「所詮現象世界のことです」と言っているが、我々が毎日生活している現象世界で信仰が生かされないのならば、宗教の意味はほとんどない。禅宗第一の書と言われる『無門関』の第七則にある「趙州洗」の公案では、そのことがかれているのである。生長の家創始省、谷口雅春先生の解を以下に引用させていただこう:

或る日のこと新の僧が趙州和尚の前にて、そして「悟りについてのお教えを願いたい」と申し上げましたら、州和尚は「お粥をお前食べたかい」と被仰った。「食べました」とお答えしたら、「孟を洗ってい」と言われた。「孟」とは食器です。必ずしも丼のことじゃない。食です。「食器を洗い去れ」とこう言われたので、初めて「僧は省あり」と云うわけで、本にまだ悟ったという程のことじゃないが、その僧はまだ食べたあとの食も洗っていなかったのでしょう。だから省みるところがあったと云うのであります。 
(谷口雅春著『日常生活の中の真理 無門関・聖書篇』日本教文社刊、89)

 そして、谷口雅宣先生は、谷口雅春先生の御文章の次の部分を引用されて、実相を知りそれを現象に生きることの大切さを述べておられます。
 まずは、谷口雅春先生の御文章を引用されている部分の一部を書かせて頂きます。

 燈は火であると云うことを知らなければならない。「燈は燈で、火は火だ」などと、燈と火とを分けて考えたら駄目である。燈は火の用です。火は燈の「本体」であり、燈は火の「現象」であります。(略)何でもないようだけれども、「悟った、悟った」と言いながら、日常生活にその悟りが現れなかったら、それは炎のない火のようなものであって燈としては役に立たぬわけであります。
(谷口雅春著『日常生活の中の真理 無門関・聖書篇』日本教文社刊、11)

 谷口雅宣先生は、上記の雅春先生の御文章を引用されたあとで次のように述べておられます。

 日常生活に属するような現象的なことは世間の常識に任せておいて、宗教家は「神」や「仏」などもっと高尚なことを説かねばならないというのは、一つの考えである。しかし、これは「燈は火と違うから、もっと火の話をせよ」と言うのと同じである。「火」を抽象的に理解していても、日常生活で「燈」一つ使うことができなかったら、それは「火」を本当に理解していることにはならない。食後に食器一つ洗うことができない者が、「食べ物には仏の命が宿っている」などど講釈しても、誰がそれを信じるだろう。
  (『今こそ自然から学ぼう』)

 最近、会館でご用意頂く食事について環境に配慮して肉料理をあまり出さないようにして下さり心から感謝申し上げます。これも、「人間神の子の真理の生活実践」であり「『殺す勿れ』の生活実践」でもあります。肉を食べることで環境破壊が進むことが分かった以上、会館の行事でなるべく肉を出さないようにしていただくことが、「火」の本来の意味を知って「燈」を使うことなのです。
 なお、今月のニューズレターには、カナダ国内の本年と来年の運動方針が掲載されておりますが、この運動方針も具体的にこの現象世界にどうやって光明化運動を展開していくのかについて書かれておりますので、ご熟読ください。
では日頃の皆様のご協力に感謝してこの記事を終わらせて頂きます。

 ありがとうございます。

2013年6月17
トロント教区教化部長
カナダ国駐在本部講師

 高 義晴 拝

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