Monday, May 20, 2013

感謝を具体的に表現しましょう

常日頃の皆様のご愛念に心から感謝申し上げます。
この原稿は、ビクトリアデーに書いております。5月は、トロントで初のバイオリンコンサートがトロントシンフォニーのバイオリニストによって行われました。また、5月26日(日)にはバンクーバー会館において捧堂39周年記念式典が行われます。この記念式典ではこれまで通りの記念行事とともに、第2部では青少年のメンバーによるピアノなどの楽器の演奏が予定されています。この時に、毎週水曜日に行われている“音楽と祈りの会”の参加者の皆さんも歌声を披露して下さいます。
トロントのバイオリンコンサートは、このあと6月2日(日)に2回目のコンサートが開催され、秋に2回、来年2回の合計6回のコンサートが開催される予定です。これらのコンサートを通じて、信徒の皆さんは祈りの雰囲気に包まれたと思います。私は、この2つ行事を通して「音楽と祈り」が密接な関係にあると思えてなりません。
また、先日トロント会館でバイオリンコンサートが行われた際に、バイオリニストの木村悦子さんにお礼のemailをお送りしましたところ次のような返事を頂きました。以下に、ご本人の許可を頂きましたので、一部を掲載させて頂きます。

素敵な空間でバッハを弾かせて頂いて本当に幸せなひと時を有難うございました。
生長の家は教会とは言わないのかもしれませんがバッハは神のために音楽を書き続けてきた作曲家です。作品の最後に必ず神に捧ぐと書かれていたと言います。多くの音楽は祈りから出来ています。楽譜などという物がある前から、人間は祈りのために音楽を使いました。
大きなコンサートホールでの演奏会も素敵ですが私は、教会で演奏するのがとても好きです。その空間にいるだけで、音楽が出来る有難さをしみじみ感じます。
私は決して宗教家ではありませんが音楽をしていると、ふと違う空間、世界と繋がるような不思議な感覚にとらわれることがあります。幸せだなあと感じる瞬間です。その幸せを、聴いて下さる方々におすそ分け出来ればそう思って音楽をやっています。音楽は人の心を癒すと信じています。祈りが人の心を癒すのと同じですね。
これからも、素敵な空間を、祈りを沢山の人に分けてあげてくださいね。また、演奏出来る機会がありますことを願っています。色々と有難うございました。

 このような純粋な気持ちでバイオリンを弾いて下さったと思うと、ただただ感謝に堪えません。また、そのような真剣な気持ちで演奏されていたからこそ、その感動が伝わり90名近くの参加者が魅了されたのだと思います。
 谷口雅春先生は、バイオリニストの木村悦子さんが示されたように私たちの仕事に献げることの大切さを『青年の書』の「第10章 万事に対して感謝する生活」には次のように書かれております。

 音楽にせよ、文学にせよ、あるいは肉体美にせよ、あるいは科学的の発明にせよ、真に立派なものはそこに久遠の生命が生きていることを感ずることができるのである。
 吾々が表現を完全に行なわんがためには、感謝の心を忘れてはならないのである。吾々の自己表現とは神の生命の自己表現であるから、すべての表現は神からきたるのである。したがって吾々は神に対して感謝の念を忘れてはならないのである。朝起きた時から、夜眠りに入る時まで、すべての生活は悉く神より流れ出ずる生命によって行なわれるのであるから、一挙手一投足万事万端について吾々は神に感謝することを忘れてはならないのである。「与えよ、さらば与えられん」ということが無限供給の黄金律であるのであって、それは決して物質の富だけのことではないのである。吾々が日常生活のすべてのことについて、常に神に感謝し、一事一物のでき上がるごとに常に神に感謝の念を捧げるようにするならば、必ず自分の能力はなおいっそう豊かになり、その次の計画はなおいっそう偉大なる姿に完成することができるのである。
(『青年の書』P92

 私たちが、神の子の自覚を深め感謝の念とともに自己を表現すれば、必ず神様の御心に叶い祈りが実現するのです。
 では、ここで上記の引用に示された「神に感謝を捧げる」ということはどういうことなのでしょうか?「大調和の神示」には次のように書かれております。

「神に感謝しても父母に感謝し得ない者は神の心にかなわぬ。天地万物と和解せよとは天地万物に感謝せよとの意味である。」
また、同神示の最後には次のようにあります。
「われは愛であるから、汝が天地すべてのものと和解したとき其処にわれは顕れる。」
と書かれております。

 つまり、「神に感謝する」ということは、「天地万物に感謝して和解する」ことなのです。
 そして、仕事をするとき愛するとき全生命を与えきらねばならぬと谷口雅春先生は、『生命の実相』の第7巻において強調されております。

仕事をする時には仕事に全生命を与えきらねばならぬ。愛するときには愛するものに全生命を与えきらねばならぬ。それは一心不乱だ。右顧左眄してはならぬ。精神統一である。あらゆる方向に小出しにされ、散漫になっていた生命を一ヶ所にあつめて相手のものと一つになってしまえ。そのために諸君は、必要あらば「背水の陣」をもわれから進んで布くべきだ。
                                                     (『生命の実相』第7巻P60

私たちが、このような木村さんが示して下さったような誠実な気持ちで仕事をして、感謝を父母や天地一切の物に具体的に表現すれば、この地上に天国が現れること間違いありません。

2013年5月20
                                                                      トロント教区教化部長
                                                                      カナダ国駐在本部講師

                                                                       高 義晴

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