Monday, April 22, 2013

自然と人間の大調和を目指して


この原稿を書いている4月22日は地球の日ということで、アメリカ合衆国伝道本部の呼びかけに応じてカナダでも、トロントとバンクーバーで「大調和の神示」、「甘露の法雨」、「自然と人間の大調和を観ずる祈り」、「大自然讃歌」の一斉読誦、「世界平和の祈り」などが行われました。初日はトロント会館で2名参加者があり、バンクーバーでは4名の参加者がありました。なお、会館に来るには遠すぎて来られないかたのために、Youtubeを使って中継を行いましたが、Youtubeで参加された方もおられました。
この行事はアメリカ合衆国伝道本部では4月22日から26日まで行われ、トロント会館では4月25日まで行われバンクーバー会館では4月24日まで行われます。
 また4月20日にはトロント会館では、地球の日の一貫として、コミュニティクリーンアップが行われ、キッチンのボランティア2名を含む8名が集まり会館周辺のゴミ拾いが行われました。10時半から12時までの1時間半行いましたが、ゴミを拾ううちに段々楽しくなってきて気がつくと私は他の参加者と離れて一人で近所の公園近くまで行っていました。その日は、天気予報のとおり寒く途中強い風がふき、また4月の後半過ぎていたにも関わらず雪が降ったりしました。しかし、皆さんの努力の結果12袋分のゴミが集まりました。そして、手がかじかむ中での作業でしたが、作業が終わって美味しい温かい食事を頂きほっとしました。
 4月21日はトロント会館で、谷口輝子先生の25年祭が行われました。この25年祭では谷口輝子先生が子育てにおける「塩」と「砂糖」、つまり「知恵」と「愛」のバランスが重要であると言われておられるところを紹介させて頂きました。その一週間前にはバンクーバーで同年祭が行われ、その時には同様の内容でビデオメッセージを送らせて頂きました。
そして、4月22日から、Youtubeを使っての日本語のミニ講話を始めました。第一回目は地球の日で、谷口輝子先生の25年祭に近いため、谷口輝子先生がいかに環境に配慮された生活をされていたかについて話しました。そして谷口輝子先生著『めざめゆく魂』から針供養についての御文章を紹介させて頂きました。谷口輝子先生は、一年間使って折れたり曲がったりした針を年に一度2月8日に取り出して豆腐や焼き餅に刺して供養することを紹介されて次のように述べておられます。

しかしそれは決して無駄な行為ではないのである。有機物であろうと、無機物であろうと、天地一切のものは神の愛によって創られたものであり、人々の愛によって創られたものであって、一切のものには精神がこもっているのである。神は針の原料である鉄を、人々の生活に役立たせようとの愛念で創って下さったのであり、針の形に作った人は、裁縫をする人たちのお役に立てたいとの愛念で作って下さったのであり、針はまたその使命に忠実に生きて来たのであった。神のお陰、製造者のお陰、針のお陰によって、私たちは縫い物が出来て、着物をはじめいろいろな細かいものを縫うことに調法をしてきたのであった。それはまことに感謝でしかないのである。
                                                                                              (『めざめゆく魂』p18

 このように、谷口輝子先生は、針の奥に神の愛を見いだし、製造者の愛を見いだし、針そのものにある愛を見いだされたのでした。私たちは、つい人間がすべての生物の中で優れていると思いがちですが、一方で人間は他の生物無しには生きていけません。
 人間は、これまで自分に都合のよいものだけを近くにおいて、都合がよくないものは遠ざけてきました。そして人間が自然を破壊して都会が出来ていく過程で、都会の住人は自然に接する機会が少なくなってきました。人間はそれでも便利な都会生活を送ることができますが、一方で、自然環境が破壊されることで微生物や昆虫などの世界では異変が起きつつあるようです。例えば、ミツバチの群れ全体か巣に帰ってこなくなり大量に死んでしまっていることが問題になっております。原因ははっきりしていないようですが自然環境はミツバチにとって以前よりもまして住みにくくなっているのは間違いないようです。
 ところで私は最初トロントにきたばかりのときは、ほとんど車で会館まで通っていましたので、トロントは都会で自然は少ないと思っておりました。しかし、車をやめて駅まで歩き地下鉄に乗って会館にいくようになってトロントにはまだ沢山の自然が残っていることに気がつきました。
 ある日のことですが、天気がよく自宅まで歩いて帰ろうと思い、せっかくなのでWarden Woods Park内の歩道を歩いたのでした。そしたら10分も立たないうちにとても清々しくなりました。そしてしばらくして、歩道が泥道に変わり雪が溶けたばかりで、私の靴までドロドロになってしまいました。しかし、自然の中を歩きながら自分が子供のころに一杯自然の中で遊んだことが思い出されたのでした。
 私の広島の実家は、みかん農家で街中から車で15分ほど行った山の中腹に住んでいましたが、小学生のころは歩いて一時間ほどかけて小学校に通っていました。そのうち3分の2以上は山の中の道でしたので、今回の歩いた会館から自宅までの距離と同じくらいの山道を歩いていたのでした。その時は、街中に住んでいる同級生と比べてとても不便なところに住んでいると思いましたが、今でも実家に帰ると心が安らぐのでした。
 さて、谷口輝子先生は、先に紹介させて頂いた「針供養」の御文章の中で、次のように書いておられます。

  針供養だけでなく、機械礼拝だけでなく、私たち日常生活に必要な衣食住のすべてに於いて、それなくしては生活にこと欠くものが無数にあるのであるが、私たちは、触れるもの一切に、温かい労りの心と感謝の心とを持っているであろうかと反省してみよう。
                                                 (『めざめゆく魂』p22

 以前は、自然は当たり前に豊富にあると思われていましたが、自然が破壊され地球温暖化や気候変動がおきて地球環境問題が深刻化しつつあります。そこで私たち一人一人がこの針供養のように、私たちをとりまくすべてのものに感謝をする心を取り戻すことで、この地球温暖化などの問題の解決のための第一歩を歩むことができるのでは無いかと思っております。ありがとうございます。

2013422
                                                                      トロント教区教化部長
                                                                      カナダ国駐在本部講師
                                                                       高 義晴

  Youtubeのアドレスは次の通りです。 http://www.youtube.com/user/alohamahaloyoshi/

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